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確率

ずうっと長いこと目指していた小さな光があった
だけど光なんて所詮つかめないものなんだ
その光を放つものを目指さないといけない

昔の私が目指した光の中に今いるからここにいるんだ

降水確率が90%でも晴れることがある
1万倍の確率でも試験に受かることがある
それでも、
自分にとってはどちらかの確率しかない

光を放つものをつかめるかつかめないか
それはまだまだ時間がいるんだ
たとえ50%の確率であっても

ただし出逢いの確率は例外

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便利さの限界

クーラーがないことがあたりまえのここではそれでも別に困らない

便利なものはキリがない
便利さを追求したおかげで
人を強く待つということがなくなった

待ち合わせに逢えなくて悲しいことはなくなっても
何もない中でやっと逢えたときの喜びはなくなった

本当はなくてもいいものなのかもしれない
だけど便利さがあたりまえになると何も捨てられなくなる
携帯もパソコンも

あたりまえのことはなにひとつない
便利さの元にある誰かの好奇心とたくさんの努力に世界のわくわくが作られている

私にとって大切なのはそこ

tori.jpg

空間

物語は次回火曜日に更新します



一昨日お逢いした友達へ
ブログで見つけた言葉です


『大きな喪失感を抱えて生きることは切ない。
 けれど喪失感を覚えるほど大切なものを得られたことは、幸せなこと。
 人との関係であったり、その人に対する気持ちだったり。
 大事なものが無ければ、傷つかない代わりに大した喜びもない。』


これ読んでなんだか胸に沁みましたのでした


それが幸せなことだと思えるまでには時間が必要だね
そして時間は偉大だけど何も解決はしてくれず
結果的にそこにたどりつくまでに長い時間がいるということ
それは自分だけでみつけなければならないし
誰かの慰めも耳に入らない

結局人は独りで、その喪失感を受け止めてもがきながら
前に進むしかないのだと思う
それを埋めるものは何もない
それはその存在でしか埋められないから

心の押入れに突然の空間ができたときに
それを閉め続けたら空間があるのか、ないのかわからなくなる
だからときどき開けてみて改めてその空間を眺めてみるときが来る

現実はとても悲しい

喜びの大きさと喪失感が比例するなら
大きな喜びなんかいらないくらいだ

だけど悲しみも涙も長く続かない

あるとき押入れを開けたら喪失感の空間は
別のもので埋められているのではなく
大切なものが形を変えて心にのこるんだと思う

サプリ

不思議なことに
おなじようなタイミングでおなじようなことを考えてる人がいる。
まったく違う環境なのに
その思考の末におなじ行動をとろうとしている。

共感を求めてもそれが叶わないことはよくあるけれど
その思考の突然の一致を知ったりすると
季節のように人の気持ちも変わり、
人の気持ちをつなぎとめることはできなくてもそれでいいと。

日本から離れて日本は情報が多くて麻痺するほどバランスをとりやすいんだと思った。
本当は欲しくないものをいいものんだからって摂取してると
本当は何が欲しいのかわからなくなる。

変化を受け止めることは
必要なビタミンだけを知るために大切なこと

宇宙と交信しなくったって
遠くにいたってそれは簡単にわかるようにできている。

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グー ≦ パー

今の私は明らかに状態が悪い。
こんな状況にも関わらず
こんなに負のオーラを放っているにも関わらず
やさしい人がたくさんいる。

しかしその手をおもいっきり振りはらってしまう
とんでもなく憎たらしい私がいて、
そしてさらに喧嘩腰に世の中を見ていた。

いつでもかかって来いくらいな熱があって
観光客の中を腕をブンブン振りながら歩いていた。

いかんいかん今日だってお昼に友達がお昼をごちそうしてくれたり
友達から国際電話がかかってきたり
フランス人の方に相談に乗ってもらったりしてるのに・・・
3日くらい無人島にでも行ってください。と自分に言う。

帰り道橋を渡りながら、やさしい~ものがむしょうに作りたくなる。
それはなんだろうかと考えたら「手」だった。
ブンブン振りまわしていた手はグーで、
今、お釣りでもぼったくられたらぶん殴ってしまえそうな手だったけど
手は人の体の中でいちばんやさしい場所だと思った。

おなかをさすったら治ったり、祈ったり、握手したり
水もすくえるしそして土を形にするのはこの手だった。

パーじゃないと。
ぶん殴るグーも包めるやさしい手を今日は作ろう。

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不器用な手ができた

ピポパブタ

今日うだうだ帰ったら何か届いているような気がして
ポストに戻るとみっこちんから贈り物があった。
みっこは10歳からの友達で日本一ベトナム語ができる。
すんげい頭がいい。

そんなすんげい子とあたいがなんでそんなに友達かっていうと
家が向かいだったから。トランシーバーで話したりしてた。
それから20年以上経つ今も、ポイントで必ず逢える人のひとりである。
彼女はしょっちゅうベトナムに私はパリにいるのにも関わらず。

去年個展の会場を探しに京都に旅をしたときも
ちょうど彼女の仕事とぶつかって神様はピポパと逢わすこの偶然の
すばらしさを語り合ったものだ。

そんな彼女から、このフランス行きが決まったときに
最後の個展でもらったのが通称ピポパブタ。


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そしてこのうだうだの私を悟ったかのように
第2弾のピポパブタが今日海を渡ってやってきた。
泣ける。

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このピポパブタのおかげでべたべたのぼろぼろのぼさぼさな私は
人生でいつも今が一番、核な瞬間だと自分で自分を起こす。
フランス住宅問題物語にストレスためて疲れてきてた。

だけど
どーでもいいこと考えてるひまはねんだ作れよと思い、クリ君を焼く。
んで、暑すぎて熱すぎてばらまく。

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心の整理ができてきた。
いらない作品を捨てよう。
前にここに住んでた森永君が置いていったわけのわからん漫画も売り飛ばそう。
持ちきれない荷物は零れ落ちる。
逢うべき人に逢うべきときに逢う。
ピポパは揺るがない道にある。 歩こう

なんかそんな気がする

作る気がしない日は何日もあるけど
もう作るのをやめようと思った日は一日もない。

今日は企画書を作ってそれをコピーした。
カラーコピーはセブンイレブンがないからコピー屋でする。
人生が最高につまらなそうなやる気のないおじさんに頼むと
やっぱりやる気のない仕上がり。 切れてんだよっ
でもいちゃもんつけるのはやめた。

そのあと陶芸の材料やに行き、釉薬を買いにいく。
やる気がありまくりのおばさんは容赦なく話す。
わっかんねかったがういういと言って買う。

ジリジリだけどやる気を出す。
自由っていうのはとても責任がある。

そろそろ人生を変えに行こうかな
大切な人たちに報告できるように。
作ります。

晴れまくり

暑い。やる気が起きない。
でも今日は蚤のいちに行った。
夏のセールだからって高いものが安くなったって
私にとっては高いのだ。

そしてそのいちで7枚も買った。
金額は全部で7ユーロ。1000円くらいかな。
5ユーロの服はさんざん迷った。でも買った。

すっきりした~
帰って、実家から送られたカルボナーラのもととかいうものを食べた。
日本ってすごいね。あ~そんなかんじ。ってかんじだった。

今日は雲がひとつもなくて不安になる。
時間が経ってないようで。
夏はつらい。早く冬の緊張感がほしい。

何も作る気持ちにならない。
ここから抜け出すには作る以外に方法はないから少し待ってみる。

いいこと

去年アヌシー国際アニメーションフェスティバルのときに
出会った方から連絡があり、風の谷のナウシカの試写会に
つれていってもらいました。

こっちで、むしょうに観たくて、探すんだけど
ラピュタとかトトロはあっても、ナウシカだけなくて、
すごいうれしかった~。

フランスでの公開は8月20日で、初めてだそうな。
それにも驚いた。
映画館で観たのは初めてだったけどよかった。
感じ方が昔とぜんぜん違ったのでした。

願ったことが叶う場所なんだと思います。ここは

ちっと頭がまわらないのでまた書きます。
今日は革命記念日で花火見た。
日本を思い出すよ。

そらいろのたね

昔のように泣けなくなった。
昔のように笑えなくなった。
昔のように怒れなくなった。

空想の中で生きるのが好きだった。
すべてのものの感情を想像した。
10歳のときはトイレに貼ってあるダルマの絵に相談ごとをしてた。

昔はもっとひとりで遊んでた。
ぬいぐるみは私の想像で語る。
それが孤独じゃなかったのは、私の感情だったからだ。

他人は想像以上の力をくれる。
自然はやさしいけど人もやさしい。

できごとが沁みる。
まっすぐ生きよう。
せっかくだからっていうのは嫌いなんだ。
ごまかさないで、なんかのせいにしないで
限られた時間の中でいつも120%の力で

友達にいつも助けられる。
人に恵まれてると強く思う。
父さん母さんありがとう。

夢中になることに夢中になるために

今日はバイトのお給料が出たのでわざわざとりに行ったが、
いつもの銀行が工事中で探しているうちに時間になって閉まり、
カラーコピーをしにわざわざメトロに乗って行ったが30分前に閉まり、
紙を買いにまたメトロに乗って行ったが30分前に閉まっていた。

そんな一日。
友達と靴を買いに行ったけど、小切手の給料は月曜に入金しても
水曜に入ってるかどうかってことなので見るだけになる。
お茶をして落ち着いた。ありがとう。

何をしてもうまく行かない日があるものです。
この日記もすごい後ろ向きなのを1回書いてプレビューしたら消えた。

海を越えたメールをありがとう。
友達に両親にいつも励まされる。
2年前にフランスに来たとき半分過ぎたところで回避できない問題に
苦しんだけど、今帰ったらフランス大嫌いになると思って
ふんばったが、それから人生を変えることが起きた。

今回も半分過ぎて回避できない問題に立ち向かっているけど
前回みたいな根性が出ない。
別にここにしがみついてる必要があるわけでないし
フランス大嫌いになったってフランスは別に知ったこっちゃない。
私がマカロン好きなんだからそれでいいだろと思う。

今日本に帰ったらほっとするんだろうな
自分の窯はあるし、仕事はなんかあるし、納豆はあるし
マカロンもかろうじてあるし

だけどここから 
麺をゆでながら、集中することに集中した。

人の気持ちは感じることはできても永遠にわからない。
わからないからいいんでしょ
作品がその人にとってどんな意味をなしてもかまわない。
私こそ一方的だから。

だけど言葉でも温度でも作品でもひとつのツールが
何かを感じるかけ橋になるなら、
それぞれが生きてきた過程を似たように沿う瞬間があったんじゃないかと思う。

流されずに流れる

今日は日曜日に帰国したAkikoさんのお勧めのオペラを観に行く。
最終日で、チケットがあるか心配だったけどあった。
値段を聞いて一瞬つまる。ちょっと一周してから買う。

流動性人生の今、服も靴も家具もいらない。
残らないものにお金をかけたい。

オペラの内容は、「ファウストの劫罰」。
内容は知らなくてもぜったい感じられる気がしたの。
それはAkikoさんがそれを観ながら私を思い出してくれたお勧めだったから。
そして、それは本当にすばらしかった。

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イメージしていたオペラとはぜんぜん違う。
映画と舞台が一緒になったみたい。
どうしてそんなことができるんだろうっていう世界だった。
背景がものすごくきれいに変わっていくの。
格子状にわけられた部屋から部屋へ影絵のように人が歩く。
ミッシェルオスロの影絵みたいだった。
影絵の馬に人がまたがるシーンとか、水中にもぐって踊るシーンとか
不思議でしょうがなかった。
5月に観たサーカスもそうだけど、ものすごく現代的でかっけーの。
子供みたいな気持ちになって知らない世界をまた知ったと思った。

そいで、インスピレーションをうけて、どんなふうに作品を作って
それを一枚ずつファイルにしていく過程を想像していきながら観た。
もりもりわいてきたので終わって速攻帰って作ろうと思ったら、
入り口のおっさんに呼び止められる。
まだ終わってなかった。
得した気分で2部と3部を観た。

終わって、脱力してはああ~すっごいいいもん観た~っとなった。
お湯のことで悩んでいる場合じゃない。

私もこんなふうに人の心を打つものが作りたいよ。
腹をくくってほしい。とこのごろ常に自分に言ってる。
いいもの観て抜けた

発見

お誕生日のメールを日本の友達や家族からいただき
ほんとに私は支えられて生きていると思いました。
ありがとう。

しみじみ噛み締めています。
バイト先でも言ってもらって嬉しかった。
幸せな一日でした。
今まで育ててもらった家族と友達に感謝します。

そして今日、お湯が出なくて早2週間が経とうとしています。
そうお湯が出ないの。
いろいろ大家ともめないように調べて冷静に乗り越えよう。
こんなときにまた人に助けてもらう。

なんだか何があってももう別に落ち込まなくなった。

窓に置いてある鉢の葉っぱが誕生日に花を咲かせたの。
今日は新しい一日。
明日はもっと新しい一日。
ほんとにきゅうりができたらどうしよ~
ここは7階の高さなのに風に吹かれて種も高いとこまでくるんだ

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